言い慣れた言葉ではなく工夫しての最近のブログ記事

「櫛の歯の抜けるごとくに戸を閉ざしセピア色なす商店街は」(すずむし)
買い物に出かける時、かつては賑やかだったろう商店街を通り抜けてスーパーへ行きます。私がこの町に嫁いで来た頃はまだ人影がありましたが、30年余の間に全く様相が変わってしまいました。時代の流れ、変化は止めようが無いんですね・・・これから20年後はまたどうなっていることやら・・・。(この歌は前に似たような歌を見たような気がします。その歌が頭に残っていたかもしれません。)

わが街でも同様で、メインの本町アーケード街はシャッターを降ろしたままの店が大変に多いです。目立った特徴のある(希少価値ある)店は残っていますが。。。短歌では「櫛の歯の抜ける」というような、使い古された言葉は避けたいところですが、次のようにすれば救われましょう。。。

添削(改作例):
「櫛の歯が抜けるようにの喩えのごと閉店増えゆくわが商店街」(すずむし)

常套句は避けたい

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「天をつく銀杏若葉のさ緑が古寺の空輝かしおり」(あおい)
「スダジイの老木茂り主のごと小さき社は昼なお暗し」(あおい)


私の市では緑化啓発運動の一環として「市の巨木・名木マップ」を発行配布しています。この地図をもって家から一時間ほど散歩して、お寺や神社に堂々とそびえる木々に会いに行きました。ほんの一時間ほどですが、すがしい気持ちになって帰宅できました。

お寺や神社の境内はそれほど人の手を加えないゆえか、巨木や古木など天然記念物的な木がありますね。お作の二首目、「昼なお暗し」のような常套句は避けたいですね。短歌は創作ですから。。。

添削(旧仮名):
「天を突く銀杏若葉のさ緑が古寺の空に輝きてをり」(あおい)
添削(旧仮名):
「スダジイの老木主のごと茂る小さき社のほの暗き昼」(あおい)

もう一工夫

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お願い致します。
青空に仙丈ケ岳凛と立ち初雪光り冬の訪れ」(伊那佳)
紅葉の頃伊那から見た初雪です。「仙丈ケ岳」「凛」が好きです。

伊那の初雪は深秋でしたか。「初雪光り」とありますから「冬の訪れ」は余りにも当たり前では?他に詠みこみたいことはないのですか?もうひと工夫してみて下さい。

よろしくお願い致します

青空に仙丈ケ岳凛と聳ち初雪そむる深秋の郷

秋も詠みこみたいと思いました
秋・枯れる・紅葉・風・冷・寒・里・伊那等を使って考えましたが適当ではありませんでした。

「初雪そむる」は「初雪が染める」の意味でしょうね。つまり、伊那では晩秋の山に初雪がある・・・。それにしても「深秋の郷」を「初雪が染める」とは・・・?いや、「初雪が染める」のは「深秋の郷」ではなくて、「(凛と聳つ)仙丈ケ岳」のおつもりでしょうか?それですと語順がよくありません。(「初雪」とあるから、季節はあえて入れる必要はないでしょう。

改作例:
初雪にかがやきにつつ青空に凛と聳ゆる仙丈ケ岳」(伊那佳)

緻密な推敲

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「両親に社会に反抗した日々もあるとうママの瞳のやさしさ」(麻里子)
私ではなく,ママ友達のことなのですが,「ママ」でわかっていただけますでしょうか。「母」では私の母親のようでもあるし,「彼女」とするよりも,現在は母親となっていることを表したくも思い,迷いました。また,「とう」ですが…これでよろしいのでしょうか。「経て」とするよりも間接的で柔らかい表現にしたかったのですが。御指導どうぞよろしくお願いいたします。

さすがに麻里子さん、推敲も緻密ですね。「とう」より「という」でしょうね。この字余りは気になりません。あるいは・・・

添削(口語新仮名):
「両親に社会に反抗したひとも今はママです瞳がやさしい」(麻里子)

常套句

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「天高く穂高の山脈(やまなみ)白く初み紅葉の里から冬を見ゆ」(伊那佳)
(天高くアルプスの山脈白く初み紅葉の飛騨路に冬のおとずれ)
紅葉を見に安房トンネルを抜け新穂高ロープウエーで西穂高口(2156m)から北アルプスを見ました。里の紅葉は遅く、山の頂は初雪が積もり冬景色でした。(冷たい秋雨の後の好天気でした。この初雪で穂高で遭難者が出ました・・山は怖い)

初句の「天高く」は余りにも使い古された常套句です。また「白く初み」は変ですね?さらに「見ゆ」は自動詞ですから「冬を見ゆ」のような表現は出来ませんね(「冬」という目的語を取っているのは変)?()内は別案でしょうか?ところで、伊那からならアルプス連山へ行くのは容易ですね。遭難者が出るほどの急な天候変化がなければ・・・。晴天でさえあれば、今の時期の(日本)アルプスは観賞するには絶好ですね。

改作:
「初雪の穂高の山脈空に冴ゆ紅葉(もみぢ)の里から遠く望めば」(伊那佳)

推敲の仕方

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「「つづれさせ」蟋蟀は鳴くと祖母言ひし時代(とき)は移りて世は使い捨て」 (桐子さん2002年9月10日

祖母に聞いたことがあります。蟋蟀は「褸刺せよ 褸刺せよ」と鳴くのだと つまり「寒くなってきたからそろそろ着物の綻びを繕いなさい」と教えているのだと。でも ものが溢れている今の時代では 簡単に捨ててしまい 昔のように継ぎを当ててまで着るという事がほとんどありません。
初句は漢字のほうが分かり易いでしょうか

この話、以前どこかで聞いたような気がします。いい歌材ですね。初句は実際の発語「つづれさせよ」がいいでしょう。(字余りを気にして「つづれさせ」で止めたのでしょうが。)この句が生命の歌ですからね。ただ、読者には何のことか分かりません。()で漢字を書く(逆ルビになりますが)か、注の形で漢字を示す必要があります。そして、その意味するところを、ここでの添え書きのように説明されるといいですね。特殊語についてはよく注釈を付しますので。
 さて歌ですが、「時代(とき)は移りて世は」はいかにも散文的でまた常套的ですね。こういうところに表現上の工夫がほしいのです。(つまり、作歌が安易だととられるのです。日常的によく使われる語を使っておけば作歌が楽ですからね。しかし、それでは訴える力が弱くなってしまうのです。折角初句のような斬新な響きの語を使いながら、惜しいのです。)さらに、「言ひし」は連体形ですから、次に名詞が来るとそれに係るものととられてしまいます。「言ひし時代・・」たぶん、ここで一旦切れるのでしょうから、「言ひき」と終止形にするのがいいです。(語法としての連体形止めはありますが。)

添削
「祖母かって『つづれさせよ(褸刺せよ)』と蟋蟀の鳴く音(ね)を言ひき 今使ひ捨て」 (桐子)

推敲の仕方

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夏になると小さなクチナシの木は丸坊主になります。見れば揚羽の幼虫が元気よく葉っぱを食べています。あげはちょうをみると心が和みます。

「ひらひらと クチナシの木に 舞うあげは ふるさとの香を 探しあてしか 」 (あゆ子さん2001年7月24日

ひらひらと舞う,というのはいかにもその通りですが,あまりにも言い慣れた言葉ですね.もう少し工夫がほしいところです.

添削・改作
「揚羽蝶くちなしの木に纏はりて自在に舞ふは汝が故郷ゆゑ」  (あゆ子)

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