ちょっとした配慮の最近のブログ記事

時制の不一致?

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「数日前草を刈る畦に蒲公英は茎伸ばし咲く春の日あびて」(いろは)
草刈りした畦に、2?3日しか経っていないのに、たんぽぽがあちらこちらに咲いています。 生命力に驚くと共に、春風に揺れている様子が、楽しそうにみえました。宜しくお願いします。

植物、特に蒲公英(タンポポ)は逞しいですね。雑草一般がそうですが。。。お作で「数日前」(過去)とあり「草を刈る」(現在)とあるのは、 時制が一致していませんね?

添削:
「数日前草刈りし畦に蒲公英が茎伸ばし咲く春の日あびて」 (いろは)

直接的過ぎる表現?

 「騒がしき百花の春をよそに見て茶室に貝母の静けさを挿す」(宋見)
春の花が一斉に咲き始めました。桜の花の開花も近く、花見に騒がしい頃となりました。 でも茶室の花は「バイモ」の花の、控えめな静けさが好きで、この季節の花として大切に育てています。


貝母(バイモ)は、日本流には「編み笠百合」というのだそうですね。その姿からなのでしょう。ひっそりと控えめな花。 これも栽培しておられるのですね。さすがに茶のお家。茶道はお茶を嗜むだけではないこと、学ばせて戴いています。上のお作、 特に後半が秀逸ですね。初句の「騒がしき」は、このお作としては直接的過ぎる表現に思えます

添削:
華やかな百花の春を余所(よそ) にして茶室に貝母の静けさを挿す」(宋見)

却って訴える力がそがれる?

  「ゆで卵をつるりと剥きゐる昼下り芯まで砕けたる心抱きつつ」(麻里子)
土日は元気だったのですが(添削していただくころにはまた元気になっているかもしれませんが) 。ゆで卵は,殻を割るとなぜこんなにつるりとしたきれいなものが出てくるのか,(感情的に)不思議でなりません。。。 よろしくお願いいたします。

おっしゃる通り、茹で卵は殻を剥ぐとつるりとした白身が現われます。 中に栄養たっぷりの黄身を包んで。。。不思議な充実振りではあります。
添削(改作):
ゆで卵をつるりと剥きゐる昼下り中身は芯まで砕けゐるやも」(麻里子)

すみません,私の言葉足らずだったのだと思いますが,ゆで卵は普通にきれいにできていました。 それを剥いている私の心のほうが芯まで砕けているのに と言いたかったのですが...。

添削歌についてですが、表面がつるりとしていて、中身(黄身) が砕けているということは実際上あり得ませんね。それを敢えて「中身は芯まで砕けゐるやも」と言っているのは、 つまり作者の心奥の投影を詠んでいるのですね。「芯まで砕けたる心抱きつつ」 ではあまりに赤裸々、直裁的で、却って訴える力がそがれています。

瞬きをするのも惜しい夕焼けにスズメの大群右へ左へ」(民子)
雨上がりの素敵な夕焼けに見惚れていたら、物凄い数のスズメがやって来ました。雨が上がったのを喜んでいるようにあっち行ったりこっち行ったり。リーダーでもいるのでしょうか、乱れることなく団体行動をとっていました。夕焼けに映え、見事な舞でした。

スズメの大群の塊が、あたかも一つの生き物のように「素敵な夕焼け」空を「雨が上がったのを喜んでいるようにあっち行ったりこっち行ったり」していたのですね。鳥の種類はともかく、結構見掛ける、すばらしい団体行動です。海でも、特に小魚がこのような集団行動をしますね。その数は鳥の比ではありません。群全体として一つの大きな生き物に見せ掛け、より大きな魚に狙われないように、つまり生存のための行動とされています。鳥の場合は必ずしもそうではないでしょうね。いや、スズメなどはそういう意味もあるのかも。こうした集団行動に特定のリーダーはおらず、お互いの動きにつられて行動しているようです。鳥や魚に限らず、人間だって、例えば大勢が荒野に放り出されれば一所に集まるでしょうね。お作「瞬きをするのも惜しい」は、言われたいことは解りますが、もう少し具体的に表現された方がいいでしょう。

添削(改作):
瞬く間もただ鮮烈な夕焼けにスズメの大群右往左往す」(民子)

緻密な推敲

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「両親に社会に反抗した日々もあるとうママの瞳のやさしさ」(麻里子)
私ではなく,ママ友達のことなのですが,「ママ」でわかっていただけますでしょうか。「母」では私の母親のようでもあるし,「彼女」とするよりも,現在は母親となっていることを表したくも思い,迷いました。また,「とう」ですが…これでよろしいのでしょうか。「経て」とするよりも間接的で柔らかい表現にしたかったのですが。御指導どうぞよろしくお願いいたします。

さすがに麻里子さん、推敲も緻密ですね。「とう」より「という」でしょうね。この字余りは気になりません。あるいは・・・

添削(口語新仮名):
「両親に社会に反抗したひとも今はママです瞳がやさしい」(麻里子)

冬陽うけ水面きらめく溜池に布石のごとく鴨ら動かず」(anyanya)
水面=みずも。いつも、添削ありがとうございます。よろしくお願いいたします。

「水面」は「みず(づ)も」とは読まず、「すいめん」と読まなければ「みのも」か「みなも」ですね。下二句は類型歌があるようですが、上手い表現に違いありません。「溜池」は、きれいな情景にしてはあまり印象がよろしくない用語ですね。

添削(改作):
「新春の昼の陽きらめく池の面(も)に布石のごとく鴨ら動かず」(anyanya)

「見渡せる稲の葉先は露宿しさざ波立ちて朝日にきらめく」(微笑女2006/07/17
農道を挟んで左右に水田が広がります。常に水がはられているからでしょうかお天気が良い朝でも葉の先に露が光っています。風が吹くと稲が揺れて朝日にきらきら。きれいです。


今はまさに青田。広々とした水田に朝日が当たり、風に揺れる稲の葉先に朝露が光って美しいでしょうね。お作、ほぼよく詠めていますが、例えば「見渡せる稲の葉先」という表現は変ですね?「見渡せる」なら「稲田」とか、でしょうから。「葉先」という点では変。こうしたちょっとした配慮で、歌は格段によくなるものです。

添削:
「田を埋める稲の葉の先露のりてさざ波をなし朝日にきらめく」(微笑女)

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