焦点をあてるの最近のブログ記事

焦点が行くように

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「一ノ一から二年二組となりし児がふと少年の顔を見せたり」(りこりこ)
1年という月日の何と早い事か、今度の先生は新任の男の先生だと言っている顔がもう少年の様に逞しく見えました。又新しい先生なりの情熱で指導して戴ける事と楽しみにしています。初句の所が字あまりになるのでこんな形にしましたが、解るでしょうか?添削宜しくお願い致します。

これはお孫さんですね?一年一組から二年二組になった、その面白さも盛り込もうとされると初句のような無理が出ますね。この歌の主題は後半でしょうから、そこに焦点が行くように一年一組はがまんできませんか?

添削(旧仮名):
「男(を)の孫は小二となりて話しつつふと少年の顔を見せたり」(りこりこ)

”父”へのご指導ありがとうございました。添削していただくことの喜び、なんともいえない幸せ感をおぼえました。そして、失礼ながらその洞察力の鋭さはさすが、、、、、、と、驚嘆しています。今日は、母へ、というタイトルで詠みました。自分の幸せを追うことに終始して母への思いやりを欠いてしまい、結果元気できれいだった母が病気で半身が不自由になってしまったという背景です。(母を一人ぼっちにさせてしましました。私は一生悔いると思います。)
健やかな母の写真にきりきりと痛みおぼゆる我がなせしこと」(波子)

親は親の、子は子なりの、様々な事情がありますからね。お母さんの身近におられなかったことを「私は一生悔いる」と言われますが・・・。とはいえ、そのお心こそが大切なのかも。お作ですが、字数制限のきつい短歌に、いろいろと盛り込むことは、却って読んでわずらわしものです。何を一番詠みたいか、ですね。そこを押さえることが肝要でしょうね。

改作:
母病みて半身不随になりし見てきりきりと痛しわが親不孝」(波子)

歌の焦点

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「花白き林檎の枝に腕たかく伸ばす農婦に夕光(ゆふかげ)さしぬ」 (真理子さん2003/02/25

 歌ですが、ご自分では気に入っている情景とのことですが、林檎の白い花に一つの焦点があり、農婦が腕を高く伸ばす姿勢につい読者の視点が行き、もう一つの焦点となっています。さらに、その農婦の腕に夕光が差しているという、これも注意をひく光景で、つまり焦点が3つあるのですね。たった31シラブルの中で3つの主題を盛り込むこと自体よくないのでしょう。短歌は基本的には一事に焦点をあてて詠むのが要諦です。あとはその主題を活かすように配慮する。
 なお、雑誌『短歌』などに投稿した短歌が入選するか否かは、上手く詠うだけではだめで、歌材が重要ですね。審査員に目新しい視点なり情景を提供できるか否かが、投稿短歌の評価の半分以上を占めると言っていいでしょう。(もちろん、その上で詠みたい主題が浮き立つように詠うことです。)逆に目新しい主題なら、その目新しさが伝わるようなら、歌の作りが多少まずくても入選します。(もちろん、上手く詠むに越したことはありません。)年初の歌会始めで、作歌経験が浅い人の作品が間々入選するのは、歌材が共感できる新鮮さを持っているからと思われます。こればかりは、永年作歌しているかどうかには拘わらないのですね。作歌技術だけの問題ではないのです。とにかく、元歌の内容を壊さないように改作してみますから、参考にして下さい。

改作例:
「夕陽(せきやう)に花白く照る林檎樹へ農婦が腕を高く伸ばせる」 (真理子)

歌の焦点

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「職はなれこたつにはまり歌詠むに冬の日の出の光まばゆき」(詩男さん2003/01/22

お宅から海が見えるのですね。しかも東の海で、朝日が見られる。いいですねー。(そうか、神戸あたりならあり得ますね。)「まばゆき」か「まばゆし」かですが、どちらも使います。前者は連体形止めで(「まばゆき光」の転置形)、やや余韻を残す形。後者は終止形止めで、一応言い切る形ですね。結局語感の問題でしょう。
 歌ですが、後半の情景が良過ぎるといいますか、いかにも絵画的で、劇的な美しさですね。それと前半にある「職はなれこたつにはまり」といった日常的な形而下的行為との対比が面白いところです。つまり、この歌には主題が2つあるということです。退職してこたつでごろごろ?(失礼!)している、ということと、美しい海上の日の出の光景です。主題が複数あると、歌は大抵失敗します。焦点がボケてしまうからです。それを救い生かすには、一方を他方の引き立て役、修飾句となるように詠むことですね。

改作例:
「定年後の冬はこたつで歌を詠む時には海の日の出を見つつ」 (詩男)

歌の焦点

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「稲田ではカルガモ放す無農薬家族の絆タフに伝わる」(夢子さん2002/09/20

「タフ」がやや異様に目立ちますね。それに「タフな絆」と言うところを「絆」が「タフに伝わる」とされたのはどうしてでしょう。「タフだと思えるように伝わる」ということですか?それなら「タフな絆が伝わる」でいいですね。歌中のカルガモは害虫を食べてくれるのでしたね。つまり農薬の替わりにカルガモを使っているわけ。それによって稲を守るのですね。賢い方法です。感心!しかもこの一家がカルガモをその目的で雛から育てているのでした。主題が、この一家の絆の強さへの感動と、カルガモを害虫駆除に使っていることに感心したことと、二つありますね。主題を複数詠みこもうとすると大抵うまくいきません。無理して両方を入れても焦点がボケてしまうのです。添削ではカルガモの方を詠んでおきます。

添削:
「無農薬貫く一家は青き田にカルガモ放ち害虫駆除す」 (夢子)

(「貫く一家」で絆の強さ、タフさもいくらかは詠めていませんかねぇ。)

歌の焦点

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「歌ひとつ詠みたき梅雨の昼下がりよみきれぬまま何時かまどろむ」 (桐子さん2002/07/03

前作に続いてこれもうまい。確かにこの歌では「ひとつ」がいいですね。歌というものがよく解ってきましたね。「よみきれぬまま」の「よみ」は漢字がいいでしょう。「詠みきれぬまま」。行為をはっきりさせるには漢字がいいですから。前に同じ文字がありますが、気にならないし、むしろそれを受けたことがはっきりしていいです。文字の重複という問題も、普遍的規則にはならず、個々の短歌で考えるしかありません。

添削:
「歌ひとつ詠みたき雨の昼下がり詠みきれぬまま何時かまどろむ」 (桐子)

(この場合「梅雨」はちょっとくどい感じを与えます。「雨」でいいですね。そうすれば、梅雨時という特定の季節の枠も外れて歌が生きるという利点も生じます。一般には、時、時期や場所などを具体的に入れて、読者に歌の焦点を与える効果が出ますが、それがいつも成功するという普遍則はないのです。やはり個々の歌で考えるしかありません。

歌の焦点

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「紫陽花をカメラに収むシルバーの淡き残り香われを魅了す」 (多祢子さん2002/06/26

短歌は一首で対象の状況から言いたいことまで詠まなければなりません。主題は一つに絞ることが必要でしょう。
 この歌だけから添え書きに言われていることを読み取るのは不可能ですね。「シルバー」とは、添え書きによれば初老のご婦人のことなのですね。それが解かっても、歌の前半と後半が意味的に繋がりません。こういう時は、紫陽花の美しさに惹かれてシャッターを切りつづけたことと、紫陽花に魅入られるように眺め尽くす初老のご婦人に爽快感を覚えたこととを分けて、二首連作として詠まれるといいです。もちろん、それぞれが独立、つまり短歌として鑑賞に耐えることが前提です。短歌は字数制限が厳しいですから、無理して二つの主題を一首に詠もうとされると、焦点ボケにもなり、歌としてもすっきりしないものになりますから。

歌の焦点

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「五月吹く風の奏でる若夏の庭に集いて雀も憩う」 (きょうこさん2002/05/31

色々と詠み込もうとして語の運びが少しぎこちないですね。短歌は詩と違って字数制限が厳しいですから、主として表現したいことに焦点を当てることが肝要。あとはそれが生きてくるように語を選ぶのです。

添削:
「五月尽風は初夏(はつなつ)運びつつ庭に雀らつどひて遊ぶ」 (きょうこ)

歌の焦点

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「手をつなぎ歩きし我が子 学び舎へ見守られたる園あとにして」 (きよしさん2002/01/16

この歌、いつも手をつないだりしてまつわりついていた幼い子が小学校へ上がるんだという感慨と、色々お世話になった幼稚園への感謝の念とがだぶっていますね。こうした場合、短歌ではどちらかに絞って詠むとうまくゆきます。両方を詠み込むこともできますが、焦点がぼけて、先生へのお礼の歌としては弱くなるのです。(あるいは、二首の連作とするか、ですね。)

ご参考詠(口語短歌です;二首連作):
「幼くて親にまとわりついていた愛(いと)しいこの子がもう小学生」(きよし)
「さまざまなご慈愛受けた幼稚園お陰でこの子も小学生に」(きよし)

(「この子」のところに、お子さんの名前を入れるのもいいですね。)

歌の焦点

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「我が夫の病床に 見舞いし友の花束 水仙からあじさいへ」 (加奈江さん2002/01/13

「病床の夫に会いし早朝の 窓辺に見ゆる寒椿 我と同じか頭重たげ」 (加奈江さん2002/01/13

なるほど、いずれも思いが余って、短歌になっていませんね。(内容は深刻であり、うまくまとめれば人の胸深くを打つ、いい歌になるはずです。)こういう時は、一番詠みたいことは何か、を自問し、それに焦点を当てて作歌するといいですよ。詠み込めない分は、主題を生かす最低限の要素以外どんどん切り捨てるのです。そうした上で、短歌という定型詩の持つ律調が出せるように、言葉選びをするのです。勿論、調子良過ぎて言葉が流れ過ぎてもいけません。その当たりは経験を積むことで会得するしかありません。

添削:
「我が夫(つま)の病床、見舞ひの花束のはじめ水仙いまは紫陽花」(加奈江)

「病む夫(つま)の部屋の窓辺に寒椿吾が頭(づ)の如く重たげに咲く」(加奈江)

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