語法についての最近のブログ記事

疑問形は弱い?

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  「この海のとほき果てにはヴェネツィアの夕陽かがよふ運河もあるか」(むぎぶどう)
心の中で思ったことを詠んだ、虚構の短歌(うた)です。ただし、 ヴェネツィアには15年以上前に行ったことがあります。1泊しかできませんでしたが、町の美しい風景を覚えています。 私の自宅から車で少し行けば海を見ることができます。この海はヴェネツィアの運河にも通じているのだなあ、という気持ちを詠みました。

海以上に、空が頭上からヴェネチアまで繋がっています。また、すべての道はローマに通じる、と言いますね?道だって繋がっている・・・ (海路含めて)。ヴェネチアは、やはりユネスコの世界文化遺産になっていますね。お作の結句、疑問形は弱いですね? 実際そうなのですから。。。

添削:
眼前(まなさき) の海の果にはヴェネツィアの運河のありてかがよひをらむ」(むぎぶどう)

満ち足りて輝きはなつ若き母みどり児抱きて匂うがごとく」(波子)
最後の言葉、ごとしなのか、ごとくなのか活用形がわかりませんが、兎に角書いてみました。昨年夏、初めての子供を出産したお嫁さんと、初孫に会ったときの感想を歌ってみました。赤ん坊を抱いて授乳してるときなど、本当に満ち足りて幸福そうで美しいと感じました。お尋ねしたいことがあります、「吾子」という意味についてなのですが、自分の子、それも幼い子と限定された意味なのでしょうか?それとも年齢に関係なく自分の子供?あるいは、すべての人の子?すみません、教えてくださいませ、ひとづつ覚えなくちゃ!

初孫とあるから、お嫁さんというのは波子さんの息子さんの嫁さんですね?「嫁」でいいですね。「赤ん坊を抱いて授乳してるときなど、本当に満ち足りて幸福そうで美しいと感じました」・・・分かります、同感です。女性が一番かがやく時でしょうね。まあ、恋愛中も輝くわけですが・・・。語法に関してですが、「ごとく」ですと「匂うがごとく・・・輝きはなつ」と繋がりますね。前に戻って係るわけですが。「ごとし」ですと「みどり児抱きて匂うがごとし」ということで、前の「輝きはなつ」との縁が語法上は切れ、意味的にも繋がりが薄れますね。それは、この自作を読まれて感じられる通りです。すると「ごとく」か「ごとし」かは、どちらがより一層詠みたかった気分なのか、の問題ですね。なお、「吾子」(あこ)は「自分の子」「作者自身の子」ということで、対象は幼児に限られませんので、(幼い子、せいぜい少年少女であることが多いにしても)作品に詠う内容(その語の流れ具合)によっては青年も含むことがあり得ますね。90代の作者が70代の息子(娘)を「吾子」というかもしれません。「吾子七十われは九十五・・・」とかですね。もちろん大変まれですが。

添削:
みどり児にお乳含ませ若き母匂ふがごとき輝き放つ」(波子)

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